これまでの産業遺産研究の進化と発展

産業遺産情報センター研究主幹、日本イコモス国内委員会「技術遺産小委員会」主査 伊東孝

 2020年(令和2)4月、産業考古学会は、産業遺産学会と改名しました。
 1977年(昭和52)2月に産業考古学会が創立された当時は、産業遺産に対する社会の認識が薄く、多くの産業遺産は顧みられることもなく消失していきました。
 その後、1990年には文化庁が近代化遺産総合調査を開始し、1992年にはわが国も世界遺産条約を批准、1994年には世界遺産委員会からグローバル・ストラテジー(正式名称「世界遺産一覧表における不均衡の是正及び代表性・信頼性の確保のためのグローバル・ストラテジー」)が発表され、産業遺産に対する国際的な関心が集まるようになりました。
 この間、産業遺産研究の進化・発展には、大きなものがあります。2003年(平成15)のTICCIH国際会議では、ニジニー・タギール憲章が採択され、有形の産業遺産だけでなく、無形の産業遺産も大切であると警鐘をならしました。あわせて重要な産業遺産については、ヴェニス憲章に則して、保護・保全されるとともに利活用なされるべきであると宣言しました。建築や都市計画と同様、産業遺産の保護・保全そして利活用も、ヴェニス憲章の精神に基づくことを宣言した画期的な憲章でした。
 これによって建築や都市計画の専門家の集まりであるICOMOSとの共通認識が醸成され、2011年(平成23)のICOMOS-TICCIHの共同原則へと結びつきます。
 すでにグローバル・ストラテジーでも触れられていたことですが、いまや遺産研究や対象は、文化の多様性を反映する狙いから、建築や都市計画、産業遺産を超えて、あらゆる種類や分野に及んでいます。
 ICOMOSは、世界文化遺産の意義や価値を世界遺産委員会に諮問するNGO組織であり、TICCHは産業遺産に関するICOMOSの助言組織になっています。最近では、ICOMOS内部に産業遺産の国際科学委員会を設立する準備もなされています。
 世界文化遺産は、有形物を対象にしていますが、TICCIHが対象とするモノは、前述したように有形・無形のすべてのモノです。