産業遺産学会がめざすもの
産業遺産情報センター研究主幹、日本イコモス国内委員会「技術遺産小委員会」主査 伊東孝
産業考古学会から産業遺産学会への改名を機に、単なる名称変更ではなく、学会自体もこの間の産業遺産研究の進化・発展を反映させたいと思います。
産業遺産研究の対象は、繰り返しになりますが、産業に関わる有形・無形のすべてのモノです。ICOMOSでは世界各国に「20世紀遺産20選」の選定をうながし、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」では、現役の稼働資産までも対象にしました。また「築50年」を文化財の目安にしていた文化庁も、近現代建造物の調査研究をおこない、調査対象には2018年(平成30)のモノも含まれています。古いものからあたらしいモノまで、時代の制限もなくなったといってよいのです。
また研究方法論は、いまや遺伝子解析やAI、量子コンピュータの時代に突入しています。方法論の進化は今後も続きます。研究方法は、モノの内容を理解するのに最も適した調査・解析方法を駆使すればよいのです。
産業考古学会の創立当初は、保存すること自体が大きな目標でしたが、いまや産業遺産をいかに利活用するか、その方法論も求められています。具体的には計画論や設計論、運営・管理論、マーケット論などの学問と連動した産業遺産研究です。もちろん現実には、保存問題もあちこちで起きています。産業遺産の保存運動を支援する学会創立当初の理念は、他の学会にはみられない精神です。これを大切にすることに、変りはありません。
ここ数年、学会では「社会に対する発信力」「学会活動の見える化」活動を強化してきました。学会誌の充実、ホームページの刷新、功労者・推薦産業遺産の発掘、また銘鈑製作などです。今後ともより一層の努力を重ねて参ります。
今日の産業遺産学会の力量では、上記のすべての領域に同質均等なレベルで研究や実態面で対応することは不可能ですが、研究面では「新領域」などの分野をつくり、また実態面では多くの人たちの英知を結集して、あたらしい課題や問題について果敢に挑戦していきたいと思います。これがうまくいくか否かは、学会員みなさまの協力が必要であるとともに、さらなる学会の発展を期待するものです。これらの学会活動を通じて、よりよい社会を構築しようではありませんか。