「年報」の発行を考える

産業考古学会会長 伊東 孝

 あたらしいA4版サイズの学会誌『産業考古学』第152号をお届けします。ご感想はいかがでしょうか。創刊号は1977年2月にB5サイズで発行され、途中「縦書き4段右開き」から「横書き2段左開き」の変更はありましたが、学会誌サイズの変更は今回がはじめてで、38年ぶりのことです。傍目からみれば、単なる学会誌サイズの変更と考えられますが、ここに至るまでには理事会内での議論や総会での討議をふくめ、3年にわたる検討をしてきました。ようやく形になったことをみなさまにお見せできる喜びとともに、関係されたみなさまのご苦労に感謝いたします。(といいながら、原稿を書いている時点では、本誌はまだみておらず、「よいものができる」という期待値で書いています。担当者の方には申し訳ありませんが)

 A4版変更の必要性や改定内容は、すでに学会誌147号や151号に掲載されています(A4版にはナンバーに「第」を付与)ので、重複は避けたいと思いますが、この形を少しでも継続させたいという願いから、あらためて何点かを確認し、みなさまにお願いしたいと思います。

  1. 学会誌を本棚に並べたとき、背表紙がないと探し出すのに不便です。背表紙をつけることで、整理しやすくなり、アーカイブズ機能も高まります。
  2. サイズ変更にあわせて、査読体制を整え、研究論文の質を高めるようにしました。
  3. A4サイズの変更は国際的動向にあわせる狙いもありましたが、中身がともなわなければ意味がありません。そこで英文アブストラクトをつけるようにしました。海外への情報発信努力のひとつです。
  4. 以上を通じて、投稿者への研究意欲を高めるとともに、学会誌の社会的評価を高め、若手研究者を惹きつける一助にしたいと思います。

 そうするためには、会員みなさまの投稿がないと、背表紙のある学会誌を継続できません。投稿はぜひともお願いしたいことです。今回は、「背表紙を厚くするためにも、まずは会長からも見本をみせてほしい」と、編集者から要請されました。(私事ですが、書いているうちに内容をブラッシュアップする意欲が高まり、最後の注まで付けました。)幸いなことに8本の論文が掲載され、編集者の懸念は今回は当たらなかったようです。一朝一夕にはいかないと思いますが、将来は、『産業考古学会論文集』として独立させたいものです。

 ネットが便利になった今、改めて学会誌の意義を考えました。学会誌が「学会の顔」であることはさておき、「学会誌(紙データ)をなくして、すべて電子データにしたら」という仮定案を検討してみました。すると紙データは、「産業考古学」の研究対象と同じように、モノとしての存在価値が貴重で重要なのだということを再確認しました。

 どういうことかを、以下説明します。電子データは、検索しやすい、世界中のどこからでもアクセスできる、伝達の速さと広がりなどの利点があります。しかし内容が後に書換えられたり、ボタン一つで情報が消えるという危険性があり、信頼性に欠けます。コピペという両刃の剣もあります。

 これに対し紙データは、情報の固定性(印刷物として固定)と保存性、信頼性(紙面の変更が困難)、視認性などが高いといえます。冊子は一度にまとめて同じ内容が印刷されます(固定情報の同時共存性)。紙データは、資料の永続性が高く、素人でもできる資料保存のしやすさ、操作の容易性という点で、すぐれています。
 ネットをふくむ電子データの扱いは専門性が高く、素人にはむずかしい面があります。例えば原データの確認は、紙データは素人にもできますが、電子データの正確性の証明は無理です。

 以上より紙データは、産業遺産のあらたな発見とか意義、解釈など、「最初のNo.1」を確認するのは、電子データより確かなものです。学会誌には、資料の発見やあたらしいアイディアを投稿しておくことの利用価値があるといえます。

 みなさん、この意味においても学会誌への投稿をぜひお勧めしますし、学会誌の活発化に貢献してくださることをお願いいたします。

 基本は、紙データと電子データ、それぞれのよさを賢く利用することに尽きるようです。

原出典

伊東孝「「年報」の発行を考える」(『産業考古学』152号、産業考古学会、2015年3月)、1頁