国際シンポジウム「台湾における近代化遺産活用の最前線」報告
伊東 孝
今年(2019)3月13日(水)、東京文化財研究所(東文研)で標記の国際シンポが開催された。わが国でこのような台湾関係のシンポの開催ははじめてである。
台湾では近年、近代化遺産(=戦前の日本の植民地時代のもの)を再生・活用する動きが活発化しており、日本よりダイナミックで刺激的である。今回のシンポジウムでは、官民が協働して多様な展開をしている台湾の状況を、最前線で活躍している研究者や企業経営者5名を招待して、台湾の経験と課題について議論し、日本の参考に資する狙いがあった。シンポは、東京と大阪の2会場でおこなわれ、各会場でそれぞれ二人の日本人コメンテーターが参加した。なお大阪会場では、天野武弘会長がコメンテーターとして参加した。
シンポジストと発表テーマは、以下の通り。
1. 黄俊銘(中原大学建築学系副教授)「台湾における近代化遺産の保存活用の展開」
2. 簡佑丞(東京文化財研究所客員研究員)「台湾における近代化遺産活用10の事例」
3. 王栄文(台湾文創発展(株)董事長)「『華山1914文化園区』の保存活用と経営」
4. 陳正哲(南華大学建築景観学系副教授)、曽憲嫻(成功大学都市計画学系副教授)「未指定の近代化遺産の保存活用による都市の再生」
黄俊銘副教授と簡佑丞氏は、本会の会員でもあるので、ご存知の方も多いと思う。なお簡氏は昨年3月、東京大学大学院で博士の学位を授与されている。
シンポでは東文研作成のA4カラー版資料(pp.60)も用意され、各シンポジストのPPT資料(第二部発表資料)とともに、簡氏執筆の「第一部総論」が含まれている。これには「台湾で近代産業遺産が注目されたきっかけ」「近代産業文化遺産の保存事業の本格化」などが報告されており、シンポジウムの内容をより理解するのに役立っている。
シンポ内容は、文化財の利活用へ至る法的改正の経緯と現状、利活用事例の多様性を紹介するもので、台湾の利活用事例をいくつか見てきた筆者にとっても、法的裏づけがわかり、大変有意義なものであった。また王氏の報告は、出版社の社長である氏が台北酒工場をコンセッション方式により「華山1914文創園区」として保存活用と経営をおこなった事例報告で、内容は実践的で腑におちるものであった。敷地内には新築施設も認められているので、まずは新築施設で稼いで修復費用を捻出。文化芸術を創造することが義務付けられているが、人材育成やシンポなどはどう工夫しても儲からない。そこで氏が考えたのは、財団の設立である。財団基金で人材育成をし、シンポなどは民間企業からも資金を集めるのである。敷地や施設内では、スペースを無料で提供できるので、資本金のない若者に実験的な場を提供、成功して外へ出た若者も多い。「華山」自体も評判になりプラス10年の経営権を獲得した。これは成功事例とはいえ、経営権は有限である。しかし「ここでつくった財団自体は永久である」との氏の言葉が印象的であった。
「台湾は歴史的建造物の先進国で、日本は後進国、20年も遅れている。日本では、固い利活用しか認められず、公共による利活用も遅れている」という元文化庁建造物課の後藤治氏(工学院大学理事長・教授)のコメントは、簡にして要を得たものであった。
*コンセッション方式:公共施設の所有権を自治体が保有したまま、長期間の運営権を民間事業者に売却する民営化手法。
実はコンセッション方式は、日本にもある。日本ではいままで歴史的建造物が組み込まれていなかったが、現在修復中の奈良監獄のホテル利用はわが国では最初の事例になるといわれる。